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一枚を選ぶ

09 02, 2012
夜の縁側で+枠 

昨日夕方、ようやく
次号の回覧誌に綴じていただく清書を
投函してきました。

近所の郵便局が
土曜日も夕方六時までやっている
働き者の支店で良かったです。

次号の回覧誌にご参加の皆様、
清書の提出が遅れまして
どうも申し訳ありません。
回覧開始を遅らせた犯人はわたくしです。




しかし、なんでございますね。
「九月一日に
 ゼイゼイ言いながら
 提出物を出してホッとする。」
なんて
小学生の頃と全く同じ事をしていて
われながら困ったものです。

毎日 きちんとやっていれば
直前になってこんなに慌てなくて済むのに。

知命間近にして
小学生の頃から全く進歩がないとは
大笑いです。
いや、笑っている場合ではない。


さて、ペン字の清書を
山下先生にお送りする時、
「何枚か書き上げた清書を並べて
 どの一枚を提出するか選ぶ。」
わけですが
これが いつも
なかなか難しいものだと思います。

完璧な一枚が書けたなら
悩む必要はないのですが
完璧な一枚なんて
ペン字の勉強を始めて以来
まだ一度も書けた試しがありません。
(そして今後も おそらく書けまい。)



「 これは割合良く書けた、と思ったんだけど
   この字が大失敗で目立つわ。」

「 これは 字形は大丈夫だと思うけど
 字粒がバラバラで。」

「 ペン先の調子がとっても良かったから
 線質は悪くないと思うんだけど
 字形が お手本と違いすぎる。」

「 これなら出せる!と思ってたら
 油断したためか
 最後の行だけ
 字粒が やけに大きくなってしまった。」

などと 何枚かの清書を較べて
あれかこれかと悩むのです。

また、清書を寝かせて見た時と
立てて見た時とでは
見え方が違いますしね。



どの一枚にしようか、と較べるとき
一つ一つの字形が良いものよりも
全体がまとまっている印象がある一枚を選ぶことが
多いように思います。

字形はもちろんとても大切なのですが
「きれいな字」とはなんぞや、
ということを考えるとき
「きれいな字」=「字形」
ではなく
「字形」は「きれいな字」を構成する要素の
数分の一にすぎないのではないでしょうか。

「字形」と同じぐらい大切なのは
「線質」や
「余白のとり方」や
「一つ一つの字の大きさ」や
「字の大きさと字間・行間のバランス」や
「行の通り方」などなど…

そういった要素をひっくるめて
目が受け止めて
脳が「きれいな字」だと判断するような気がします。




書いた本人は
散々 悩んで「いちばん良く書けた一枚」を
選び抜いたつもりになっていますけれども
おそらく 他の方からごらんになれば
「どれを選んでも
 似たようなデキで
 大してかわりないよ。」
というようなことだと思いますが。
 

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